百花終繚 #sasayamavo

スピンオフ、転じて12対1でもある千変万化。
暴力的に進む時間の中、きっちりと昇華できたような歌が歌えてよかった。

LON百花編、本当の終幕。今夜はもちろん、一年間、どうもありがとう。
すべての花と、散りつもってきた時間に感謝してる。
そしてまた、すべての愛を歌いたいと思う。サンキューエブリバディ。
これからも精一杯ファイト!します。


2017年4月からの十二ヶ月に渡るシリーズ。
ずっとひとつのことについて感じていたのだろう。
不思議と、そう、と決めて、考えていたわけではない。
考えていたわけでもなく、囚われていたでもなく、それでも。
ふと気づけば、ずっと、当たり前に感じていたのだろう。

ただの人間がいい。どんな時でも。
その苦悩もたとえば快楽も、すべての喜怒哀楽も、人間のものだ。
それでこそ、それをこそ愛というのだろう、と強く、しかしながら静かに、改めてそう思う。

与えられる時間、を概念にするなら、それはいつでも、気付いた頃には思うよりもとても少ない。
簡単に言うなら、人の生はどうであっても有限だ。
であるからこそ、そのすべては奇跡であり、そのすべてが当たり前のことでもある。

当たり前すぎる、当たり前でない時間の中で、限られた時間の中で。
出会ったものも、見つけたものも、感じるものも、とてつもない奇跡の賜物だ。
その中で、例えば好きだと感じ取るものや、注ぎ合える愛情は、誕生にも等しい唯一のものだ。

ほとんどの場合、人は皆、唯一を探すようでいて、それを逃すことを繰り返しながら生きている。
それはそれで、それでこそ人間らしく、愛らしく、切なく、悲しく、醜悪で、しかしながら。
美しくもあるものだ、とも思う。
本当に当たり前のことのはずのことが、本当に当たり前でないような世界だ。

僕はただの人間がいい。どんな時でも。
苦悩し、葛藤し、喜び、悲しみ、涙し、怒り、時に堕落し、常に快楽を求め。
限界も到達点も決めることなく、心の感じる我がままに、生きていたい。
掴んでいたい。選んでいたい。望んでいたい。そして、心から愛していたい。

あえて言うならば、幸せになるために生きればいい、そういうものだ。
不幸ではないこと、だけでは、それは幸せではない。

本当に大切なことは、愛されることが先ではない。
愛するものを愛していたい。そしてもちろん、その先に、愛されていたい。

出会ってくれてどうもありがとう。選んでくれてどうもありがとう。
死ぬまで、愛しているよ。

そういう歌を、歌ってきたのだろう。
そして、歌ってゆくのだろう。

とっくにわかっていたことを、なによりも強く、しかしながら静かに、そう思う。
posted by SASAYAMA. at 03:17Comment(0)日記

一矢百錬

特別なものを、ことを、思い切り特別だという瞬間やその時を大切にしたい。
たとえばそれがいつ終わるものだとしても、変わるものだとしても、それはそれでいい。
大事なのは、そういう今があるということだ。
そして、確かにあったのだ、ということでもある。

その一矢の為の鞆の音を、歌と名付けたのはいつだったか。
すべての喜怒哀楽、それでこそ愛と呼ぶべきすべてが在るなら、素晴らしい。
汚らしくも果てしなく、たくましい。

そうして生きて、死に、それを見て、それでも、生きるのだ、死ぬまでは。
いつまでも残るものはきっと、変わりゆくものでしかない。
天よ、地上よ、楚の歌よ。その様を見ているがいい。
posted by SASAYAMA. at 23:12Comment(0)日記

繚乱

25日にスピンオフはあるものの、これは別腹ということで。
定期公演、Living On the Night、百花シリーズ、終了しました。

自分の活動の中では、激動と言ってよいであろう一年を通すシリーズでした。
どちらかと言えば、事実が色濃く反映された12ヶ月のLONでした。

時間が経てば、その素晴らしさにまみれる時が来ると知っているのですが、
毎度のごとく、3月編の直前直後は、なんとなく寂寥感があります。

今期もありがとうございました。
来期も、僕の描く新しい花を見に来て下さい。
posted by SASAYAMA. at 03:28Comment(0)日記