ヒーロー

遅れてやってくるものはヒーローではない。
だがしかし、遅れて来ないものはそもそもヒーローにはならない。
最初からいるものは、平然とあるものは、窮地を救うことはできないからだ。

必要悪と、相対善と、そのどちらもが成立した時、初めて人々は「それ」を英雄と呼ぶ。
口々に発するその言葉の意味を、誰も考えることはしない。
過去と未来とに、精密に彩られてしまっては、英雄は生まれないからだ。

意志はなく、本来ならば必要でさえない。
そこに活路を見出したのか、はたまた担ぎあげられたか。
どちらにせよ「それ」らが呼ばれる総称こそが、英雄の意味だ。

安寧を脅かされ、渇望すれど何もすることはない。
そういったものものの上にだけ、生まれるものこそがヒーローなのだ。


などとばらしてしまっては、いつも反吐が出る。
仮初めの正義や救いを「求める」人々が生み出すものはいずれも神だ。
まったく同じように、悪魔でもあるそれをこそ、祝い、呪い、抱きしめ、ばら撒き。
大切にするではなく、されることだけを望む者達が、滑稽なことに唯一。
望み、願い、能動的に生み出す獣が「それ」だ。


英雄とは、ヒーローとは、結果論でしかない。
そう思わされるばかりの事々に、異を唱えたいなどというわけでさえない。

意志あるものは、えてして化け物扱いされてきたものだが。
望まれずとも、叫ぶ獣こそが、本当の英雄であり、きっとそれらは、きっとだが。
己以外のことなど、はじめからかけらほども心にないものだろう。

遅れてやってくるものはヒーローではない。
待ち、構え、撃つのではない、そこに在る、なんだ、ただそれだけものではないか。