半神

たおやかさに対する憧憬の残滓だ。
他に、何もない。

どこまでも正確なそれ、から、ほんの少しだけ外れたものこそが、
なぜだろう、より光を放ち、あるいは闇に迎えられる。

たとえば途方もなく外れているそれよりも、醜悪に腐敗臭をたぎらせ、
そしてなぜだろう、どこかしら近しいのだ。

それ、が人知を超えたものであるならば、
半神とは、半ば、人知を超えたもの、だが、
そんなものはすでにそこかしこに溢れている。

誰の中にも、どなたの中にも、誰の中でも、ある。
つまりはそう感じたいという願いどもの、たおやかさに対する憧憬の残滓だ。

なるほど奥が深い、そして、断じて浅い。
双方を存分に奮うことに、なまじっかな執着などは到底及びはしない。

着地を求める、そのすべては願いに他ならないが。
説明などできはしないもの、そんなものはどこにでもある、否、あったもの、だ。本来。

トリックスター

秩序を破れ、物語を展開せよ、と言われたわけではないであろう彼らの考えはさっぱりわからないが、後世によって二面性を分けられた者達の役目は、まず破り、そして創ることだったのだろうと思われる、しかしながら、それにはまず安寧な規律と停滞する世界が不可欠であり、不可逆性を伴った因子の連続を、人々が共通認識として持ちえている必要がある、という、書き出してみればとても脆弱であり、はっきりと言えば意味不明な盲信としか表せない不安定の上に、異なる二面性、呼ばわりをされる彼らはそのトリックを持ってスターとされているが、重ねていうが、トリックと言われるその考えはさっぱりわからないし、そもそも誰かがわかるものなのだろうか、必要な物が何かを考えてみれば自ずと答えが見えるような気がするが、要するに秩序も破壊も創造もすべて、彼らは彼らでやっているだけのことが後にそう呼ばれているという安易な結果論なのだろうし、きっとそれは君たちの誰もがやっていることでしかないのだが、世界は太古からその違いを容認せず、また、だからこそ人と神とは折り合わない世界線の中で自由を持って往来する彼らに隠し切れない羨望を向けることこそが人共の証明であり、その望みといえばおそらくは理解というただ一点の便利な信仰に集約されているが、まぁそれは不可逆をもってしてありえない、ということは誰にとっても救いようのない悲しみと、等しく存在することの意義において他の追随を許さない喜び、ともいえる真実だ、そういったわけで秩序も破壊も創造も展開も約束されてきた、ように見えるものだが、そこにルールを持ってしては果たせない、そうは思わないか、神々共よ、もちろん、意見を募る気はどこにもない。

死と再生

目を醒ますことも、醒まさせることも、等しく公平で幸せなことではない。
それでも、と願うのはエゴでしかないが、それもまた不平等な天秤にはお似合いなのだ。

死には再生がつきもの、だといつの頃からか集合的無意識に生まれ出たそれは。
持ち合うでなくとも、不思議と、そして強烈に人々に寄り添っている。

たとえばきっと、ただ友達が欲しかったのだろう。
あるいは、ただ生きたかったのだろう。

それでよいと思ってはみるものの、なかなかそうならない、のだとしたなら。
ひとつの死が、また新たななにかの始まりとなる、のであればどれほどよいだろう。

死んだものを裁く神がいるのならば、それは人がそう在りたいと願ったのだ。
知ってか知らずか、それでも、という願いの中でしか残りえてくるものはない。

のだが、しかしながら、それすらも無関係に。
そしてだからこそ密接に。
自覚があろうとなかろうと、その誰もが、あるいは何もかもが、その願いの中で生きている。
そして死ぬのだ。再生は、生きているものだけのためにしかないものだ。

本当は、死、と再生、ではないのだろう。
なんと素晴らしいことではないか。