竜殺し

それを考えてしまうことはある意味では禁忌なほどに。
古今東西描かれる強大な存在、の出処はいつでも不明瞭だ。

挑む姿、その勇姿のためにあるもの、と言ってしまっても言い過ぎではない。
まるで悪魔のように。まるで地獄のように。

結果論でしかない絶対善の為に、存在することにされる絶対悪は溢れ。
そのひとつが竜と呼ばれることもあるのだと、歴史は教えてくれる。

まったく笑えない、醜悪な話だが、信じさえすれば存在するのだ。
畏怖でも従属でも構わないが、そこにあるものは擬似的な臣従に他ならない。
その臣従を、人は時に神と呼び、悪魔と呼び、時に奇跡と呼び、そして竜と呼ぶ。

それを、殺す、のだ。
もはや並々ならぬ、どころの創造力ではない。想像だけでは、ありえないのだ。

真実がどうなど末端に過ぎず、本質的には、それはすでに存在する。
そしてここにおいて、存在することは、存在させることと変わらない。
残念なことに、あるいは喜ばしいことに。
いくら突き詰めても、そこに本来の答えはすでにないと、歴史は教えてくれる。

初めから形がないことを知っている誰かが、形をとる。
それは時に武器となり、広義的にには手段と言い換えても、差し支えはない。

勝つためでも、生きるためでも構わないが、それはつまりは手段なのだ。
数限りない手段の中で、輝かしさを誇るものだけ、というわけではない。
禍々しさや呪いにも似た力をも、等価交換のように引き連れてこそ、殺すのだ。


誰もそこまでいけやしないことを夢見ながら、見つけられることを待っている。
竜殺しとは、そういうものの総称なのだと、古今東西の歴史が教えている。

数限りない結果論を引き連れて、いつか名前がつく日を待っている。
竜を殺す日をじっと待っているのだ、あの剣のように。

十周年イベントを終えて

-Twitterより-

10周年イベント、新宿歌舞伎町から始まっての神戸三宮、そして名古屋築地口と、本当に嬉しい3本でした。各地で祝ってくれたファンの皆様、駆け付けてくれたゲストの皆様、そして各地のホームといえる場所。おかげさまでいい集大成、としてスタートになりました。感謝。

10周年、と言いながらも、その10年間を知ってる人はほんの一握りで、1年に満たない人もたくさん。20周年、がもし来るのなら、またその時に同じように歌えたら嬉しいなと思う。もちろん、今より売れているにも関わらず、同じように、です。嘘のない時間ばかりをありがとう。

一本目、ロックンロール以外は全部嘘、では終わりではなく始まりを。
二本目、16bit、ではきっと自分だからこそ繋げてこれたものを。
三本目、夜空と月のピアス、ではなんだかんだのいつも通り歌う(ハードモード込み)という事を。
すべてが10年の結晶なのだなと思います。

いよいよ本格的に11年目を迎えようとしている夏ですが、言いたいことは10年前と何も変わらないです。
ライブに来て下さい。作品を買って下さい。そして、それぞれなりに楽しんでいて下さい。
10年間どうもありがとう、これからも歌と音楽を、どうぞよろしくしてください。
posted by SASAYAMA. at 04:20Comment(0)日記

ヒーロー

遅れてやってくるものはヒーローではない。
だがしかし、遅れて来ないものはそもそもヒーローにはならない。
最初からいるものは、平然とあるものは、窮地を救うことはできないからだ。

必要悪と、相対善と、そのどちらもが成立した時、初めて人々は「それ」を英雄と呼ぶ。
口々に発するその言葉の意味を、誰も考えることはしない。
過去と未来とに、精密に彩られてしまっては、英雄は生まれないからだ。

意志はなく、本来ならば必要でさえない。
そこに活路を見出したのか、はたまた担ぎあげられたか。
どちらにせよ「それ」らが呼ばれる総称こそが、英雄の意味だ。

安寧を脅かされ、渇望すれど何もすることはない。
そういったものものの上にだけ、生まれるものこそがヒーローなのだ。


などとばらしてしまっては、いつも反吐が出る。
仮初めの正義や救いを「求める」人々が生み出すものはいずれも神だ。
まったく同じように、悪魔でもあるそれをこそ、祝い、呪い、抱きしめ、ばら撒き。
大切にするではなく、されることだけを望む者達が、滑稽なことに唯一。
望み、願い、能動的に生み出す獣が「それ」だ。


英雄とは、ヒーローとは、結果論でしかない。
そう思わされるばかりの事々に、異を唱えたいなどというわけでさえない。

意志あるものは、えてして化け物扱いされてきたものだが。
望まれずとも、叫ぶ獣こそが、本当の英雄であり、きっとそれらは、きっとだが。
己以外のことなど、はじめからかけらほども心にないものだろう。

遅れてやってくるものはヒーローではない。
待ち、構え、撃つのではない、そこに在る、なんだ、ただそれだけものではないか。