ヒーロー

遅れてやってくるものはヒーローではない。
だがしかし、遅れて来ないものはそもそもヒーローにはならない。
最初からいるものは、平然とあるものは、窮地を救うことはできないからだ。

必要悪と、相対善と、そのどちらもが成立した時、初めて人々は「それ」を英雄と呼ぶ。
口々に発するその言葉の意味を、誰も考えることはしない。
過去と未来とに、精密に彩られてしまっては、英雄は生まれないからだ。

意志はなく、本来ならば必要でさえない。
そこに活路を見出したのか、はたまた担ぎあげられたか。
どちらにせよ「それ」らが呼ばれる総称こそが、英雄の意味だ。

安寧を脅かされ、渇望すれど何もすることはない。
そういったものものの上にだけ、生まれるものこそがヒーローなのだ。


などとばらしてしまっては、いつも反吐が出る。
仮初めの正義や救いを「求める」人々が生み出すものはいずれも神だ。
まったく同じように、悪魔でもあるそれをこそ、祝い、呪い、抱きしめ、ばら撒き。
大切にするではなく、されることだけを望む者達が、滑稽なことに唯一。
望み、願い、能動的に生み出す獣が「それ」だ。


英雄とは、ヒーローとは、結果論でしかない。
そう思わされるばかりの事々に、異を唱えたいなどというわけでさえない。

意志あるものは、えてして化け物扱いされてきたものだが。
望まれずとも、叫ぶ獣こそが、本当の英雄であり、きっとそれらは、きっとだが。
己以外のことなど、はじめからかけらほども心にないものだろう。

遅れてやってくるものはヒーローではない。
待ち、構え、撃つのではない、そこに在る、なんだ、ただそれだけものではないか。

貴種流離

スピーク・ライク・ア・チャイルド。子どものように話そう。
あの頃は良かった、あの頃が懐かしい。
いつか誰もがそう言えるくらいには、誰もが等しく時間を食らい、目は高くなる。
よいものを選ぶ、ということが、ひとつの生き抜く為のひとつの指針となる。

ものなのだ、と錯覚する。

スピーク・ライク・ア・チャイルド。子どものように話そう。
君となら、何を話すだろう。あなたとなら、何を話すだろう。
たとえば夢、たとえば希望、たとえば嘘、そしてたとえばまだ見ぬ日々だ。

すべては、まだ縛られはしていない心が生み出す旅の種子。
花を咲かせるものだけが種ではなく、枯れゆくものだからといって悪でもない。
幾度言ってきたか、同じように、ただ、そういうこと、というだけだ。

種は種であるだけで素晴らしい。
花は花であるだけで素晴らしい、わけではない。
また、素晴らしい、こと自体が、尊い、ということではない。
素晴らしさの価値も、尊さの価値も、自己以外の何かによって決まってゆく。

ものなのだ、と錯覚する。

スピーク・ライク・ア・チャイルド。子どものように話そう。
決まるものではない、決めるものだ。
夢も希望も、嘘も日々も、すべての旅も、あるいはその種も。
決め続けることは、それでもひどく、難しい。

知りもしない者達が、存在したその瞬間、諸手を挙げて迎え入れる尊さを、愛とは呼ばない。
だが、その両手には、見えない無限の種が握られていたのだ。
咲いたのか、枯れたのかに関わらず。
たくさんの時間を越えて、たくさんの想いを込めて、尊さを存在させる。

ものなのだ、と錯覚する。

尊いものは、存在するその前から尊さを選ばれている。決まってしまうものは、多くはそうだ。
そこに追いつくことができるのか、試されているのは、いつでもそういうことだ。
それでも、決めるのは自分でいい。そうでない限り、咲くことは決してない。

スピーク・ライク・ア・チャイルド。子どものように話そう。

夢の話を。旅の花の行方を。そしてたとえば、捨ててきた種を。

聖剣

たとえば人が描くものだけでもいい、願いの種類は一体どれほどのものだろう。
そこかしこに転がる当たり前はもちろん、反対側にも必ず在るのが、願いというやつだ。
当たり前に望みはしなくとも、望まないようにしているであろうそれら、も。
実は、と言わず、いつでもそこかしこに潜んでいる。

隠したいそれと同じように、息を潜めて、こちらを見ている。
それを隠しきる材料こそが正しく、清らか、だという何かに他ならず。
また、手にした人々は我が物顔でそれを奮い、自己証明を求め続けるのだ。

争いは、善悪では起こらない。結果が呼び出すものは、全てが欺瞞だ。
正しさと正しさとが衝突、に見せかけながら手を組み、じっくりと生み出す魔物だ。
魔物を打ち倒す象徴、魔を上回る何かが聖なる力、となる。

だがしかし、聖なる力、と一口に言えども、それも結果でしかなく。
敗れ去り、消えてゆくものが魔だと言うのは、いつでも生き残るものだけだ。
生き残れば聖となり、枯れ果てれば魔となる、そのどちらもが、何かの願いだったろう。

愛はといえば、本当はどちらにもある。
結局は選びゆくものでしか、その何もかもは測れない。
生み落とし、感じれば、手に取り、選び、捨てろ、そして愛せよ。

わかるか、人間どもよ。
わかるだろう、人間ならば。

その形代は時に剣となり、後世、誰かや何かの都合で、そう、と、呼ばれる。
ただそれだけのことだ。